社会福祉法人 京都福祉サービス協会 京都市小川特別養護老人ホーム

今年も7月25日から8月8日までの2週間、毎朝、みつば幼稚園の園庭でラジオ体操に参加させていただきました。
ご利用者様、職員、ボランティアの方々を合わせ、多いときには20名近くで参加させていただきました。
全体では、毎朝100名を超える地域の方々が、老若男女問わず参加されており、体操が終わったあとで、ご利用者様とお話しをされたり、車椅子を押してくださったり、日陰を譲ってくださったり、車輪についた泥を払ってくださったりと、様々な形で応援してくださいました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
ラジオ体操は、80年以上前に始まったもので、現在の曲と形になってからでもおよそ60年が経過しています。そのため、深い認知症の方でも、曲を聴けば自然に体が動くようで、毎朝楽しげに運動されていました。
普段、お誘いしてもなかなか外に出ていただけないN様も、ラジオ体操だけは喜んで参加され、しっかりと伴奏に合わせて体を動かされています。昨年皆勤賞だったU様とA様は今年も休まず参加され、たくさんの子どもたちと顔なじみになられました。

当初の目的は、「少し肥満気味の方に楽しく体操をしていただく」ことであったラジオ体操も、継続することによってたくさんの付加価値が生まれました。それは、
@ 地域にお住まいの、100名を超える方々と毎日顔を合わすことにより、馴染みの関係ができ、地域住民とご利用者様との間にたくさんの会話が生まれたこと
A ラジオ体操自体がご利用者様にとって非常に馴染みの深いものであり、自然に体が動くので、自分もまだまだやれるという自信につながったこと
B 大勢の人と顔を合わすことから、朝5時に起きて、ばっちり化粧をして待っておられる方もおられるなど、生活力の向上 につながったこと
C 地域住民の方々に、ご利用者様を身近な存在として感じてもらえるようになったこと
などです。
おそらく、体が不自由になられるまでは、毎朝参加されていた方ばかりだと思います。地域の活動に参加していただくことによって、ご利用者様が自信を取り戻され、生きがいを実感していただく契機になれば良いと思います。

私たちの仕事は、ご利用者様の生活を支援することです。しかし、起きて寝て食べるだけの暮らしを「生活」とは呼びません。私たちは、「生活の支援」=「生きる意欲を持っていただくための支援」と捉えています。
このことについて、小浜逸郎は、「他者との関係性において自分が存在すると確信できることこそは、人間として生きる意欲の源泉をなしている」と述べています。具体的な例で言えば、私たちが日々、顔を洗い、服を着替え、化粧をするのは、社会とのつながりがあり、他人と会う機会があって、人に見られることを意識するからであると言えます。
しかし、残念ながら、一昔前の高齢者施設では、一日中パジャマで過ごし、顔も洗わず、居室と食堂を行き来するだけの毎日というご利用者様が多かったのではないでしょうか。そこには「生活」は存在しません。他人の目を意識しない日々は、人から生きる意欲を奪っていきます。
だからこそ、ご利用者様に地域に出ていただき、他者の目を意識してもらうことは、至極当然のアプローチであると言えます。地域住民という他者と関わる機会があるからこそ、身だしなみを整えたり、少しでも健康であろうという意欲を持たれたりするのではないでしょうか。
実際、U様は、「来年も皆勤賞がとれるようにリハビリを頑張って、体が動くようにしとかんとあかんなあ」と言っておられました。来年も再来年も、是非継続して実施したいと思います。
(副施設長 中島 慶行)

「福祉とは何か」ということを伝えていく責務は、専門性が凝縮されている福祉施設が、本来的役割として持っているものであると考えます。
私たちが積極的に実習生を受け入れ、質の高い実習内容を提供することが、結果として地域住民や次世代の福祉の担い手の福祉力を高めることにつながります。
それが、福祉マンパワーの確保やインフォーマルサービスの開発という形で施設のご利用者の利益に還元される、その好循環を生み出すことが、地域に存在する福祉施設の役割だと思うのです。

先日も、同志社大学で行われた「施設訪問報告会」に参加させていただきました。当施設に見学に来た学生たちは、「多職種協同」をテーマに発表していました。
多職種協同という言葉に対し、学生たちは、医療機関と福祉施設との連携を思い浮かべるか、あるいは施設にはいろんな職種の職員がいて、協力しあって働いている・・・という何とも抽象的なイメージを抱く程度だったのだそうです。
そこで、当施設では、「普段ベッドで寝て暮らすことの多い方のトイレでの排泄」という事例を出し、そのためには、
・便座の高さが適切か、手すりの位置はこれで良いのか、ということを作業療法士が提言する
・薬に頼らない自然排便を促すために管理栄養士が食事メニューを考える
・どれくらいの時間便座で踏ん張ってもらうことが可能なのか血圧などの点から看護師が助言する
・その方の表情やしぐさから排泄のタイミングを見計らってケアワーカーがトイレにお連れする
という協同の形を説明し、理解を促しました。
学生たちは、発表当日、上記の内容を寸劇で表現し、とてもわかりやすく説明することに成功していました。先生方にも絶賛されていましたし、聞いていた他のゼミの学生たちも理解が深まったのではないかと思います。

私もその場で発言を求められ、介護の専門性について少しお話しさせていただきましたが、このように、「受け入れ側」として受け身の姿勢でいるのではなく、できるだけ地域に出て行き、少しでも多くの方に福祉の現状(良い部分もこれからの課題も含めて)を伝えていき、理解していただくことが重要であると思います。
最近、福祉施設においても、「地域との交流」ということが盛んに言われています。当施設でも、様々な取り組みを通じて地域住民の方々と関わりを持たせていただいていますが、大切なのは、交流するから良いのではなく、交流することによって何が生み出され、何が高まっていくのかという視点だと思います。

そもそも、「地域との交流」と言った時点で、地域と施設を別々のものであると捉えていることになりますが、本来、福祉施設は地域の社会資源のひとつであって、地域住民に利用していただいてこそ、その地に存在する価値があるのだと言えます。
そのためにも、福祉に興味のある実習生はもちろんのこと、そうでない方々に対しても、興味を持っていただけるようなアプローチが求められているのです。繰り返しになりますが、そうすることによって地域全体の福祉力を高めていくことが、福祉施設の役割になります。
当施設はこれからも、上記の考え方に沿って運営していくつもりです。
(副施設長 中島 慶行)

当施設でも、最近、ユニットでご飯を炊くようになりました。
ご利用者様にお米を研いでいただき、炊飯器にセットしていただいています。
女性陣は、さすがに手馴れたもので、てきぱきと動かれます。
よく、施設ケアを語る際に、「家庭的な雰囲気」という言葉が用いられます。
施設施設していない施設にするために、家具やソファーを設えて、家庭的な雰囲気を作って・・・というやつです。
ユニットでの炊飯も、おそらくこの流れの中にあるのだと思います。
お米が炊き上がる匂いを嗅いでいただいたり、炊飯ジャーから立ち上がる湯気を感じていただいたりすることは、確かに家庭的なのかも知れません。

でも、家庭的な雰囲気であることと、個別ケアができていることとは、ほとんど関係がないと思っています。
個別ケアは、ご利用者様お一人おひとりの心身の状況や、これまでの人生の歴史を把握することから始まります。
そして、お一人おひとりの思いに沿って、自己実現をしていただいたり、社会的な役割を担っていただくことを支援するものです。
それは、ユニットでご飯を炊いたり、設えを整えれば実現できるような簡単なものではありません。
ユニットでご飯を炊く本当の意味は、冒頭にも述べたように、お米を研いでいただいたり、炊飯器にセットしていただいたり、お茶碗によそっていただいたりすることによって、自分自身の役割を持っていただくことにあります。
あるいは、お気に入りのお茶碗、お気に入りのお箸、お気に入りの湯のみなどを用いて、好きなだけおかわりができたりすることのほうが、よほど意味があるのではないでしょうか。
当施設では、いつも食事が終わるとすぐにお部屋に帰っておられた方が、ユニットでご飯を炊くようになってから、しばらく食堂で談笑されるようになりました。

当施設に入所されているT様は、ご自宅で生活されておられたとき、夜のお店をしておられた関係上、お店が終わる0時頃にたこ焼きやカップラーメンを食べる、ということが、ご自分の食生活のサイクルになっておられました。
そのため、時間的にもメニュー的にも、なかなか施設のお食事に馴染んでいただくことができませんでした。
しかし、それでは栄養面からも問題がありますので、何とかT様に栄養価の高いお食事を、喜んで召し上がっていただきたいという思いから、管理栄養士やケアワーカーが試行錯誤を繰り返してきました。
例えば、たこ焼きがお好きなのだから、旬の野菜を混ぜ込んだたこ焼きを一緒に作ってみよう、ということになり、たこ焼きパーティーを実施したのですが、T様の反応はこちらが期待したほどでもなく、後から尋ねると、「たこ焼きは食べるのが好きなのであって、作ることには興味がない」とのことでした。
そんな中、カンファレンスで、T様がご自分のお店で和え物をよく作っておられたという話になり、そういった昔の役割を担っていただくことで、食事に対する関心を取り戻せるのではないか、という案がでました。
早速、和え物を和えていただいたり、盛り付けを手伝っていただいたところ、T様の表情がいきいきと輝きだし、お食事もおいしそうに召し上がっていただくことができました。
それだけではなく、このとき、実は他のご利用者様もT様のところに集まってこられ、自然派生的にみんなで盛り付けをしていただくことになったのですが、皆様、とても良い表情をされていました。
適切な役割を持っていただくということが、その方の生活に、こちらが予想する以上の良い効果を生み出すということがわかった瞬間でした。

介護予防事業は、基本的に65歳以上の高齢者を対象としていますが、ちょっとどうかな、と思うことがあります。
例えば、骨粗しょう症を予防したいと思う女性が、65歳になってから慌てて運動や栄養に取り組んでも遅いのであって、本当に骨粗しょう症にならないようにするためには、もっと20代とか30代の若い頃から予防に取り組んでおく必要があります。
知り合いのフィットネスの先生が言われるには、介護予防のために行う運動もダイエットのために行う運動もその原理は同じもので、介護予防かダイエットかによって入り口が違うだけで、やっている内容もほぼ同じだし、健康のためという目的も同じなのだそうです。
このことは、栄養指導にも口腔ケア指導にも言えると思います。
従って、同じ内容であっても、介護予防を「健康作り」と言い換えることによって、その対象は必然的に老若男女を問わないものになりますし、高齢者、障害者、児童、といった縦割りを超え、その地域に住む全ての方の健康増進を目的とするものになるのではないでしょうか。

千葉大学の広井良典教授によれば,生物は基本的に子孫繁栄を目的として生命活動を行っていて、「繁殖期の終わり=寿命の終わり」と言えますが、人間にのみ、繁殖期が終わった後も長い老年期が存在するのは、文化の継承という高次の役割が存在するからなのだそうです。
かつて日本が農業を主産業としていた時代には、ほとんどの家庭が大家族で、夫婦は一日中野良仕事に勤しみ、子育ては祖父母の仕事でした。子どもたちは、祖父母から遊びを通じて社会のルールや道徳やマナーを身につけ、生活の知恵や生きるための技術を覚えたと言います。
この時代においては、高齢者は「経験によって培われた知恵と知識を持った人」として敬意の対象となっていましたが、時代が変わり、職業が多様化し、核家族が増えてくると、子どもたちが高齢者と接する機会は激減し、文化の継承も滞りがちになってしまいました。
また、TVゲームの普及や情報伝達手段のIT化が文化の断絶に拍車をかけ、高齢者は敬意を払われるどころか,しばしば若者にとって蔑視の対象ともなっていきました。

私たちの願いは、「健康作り」をキーワードに、地域に暮らすあらゆる世代が関わりあうことによって、このような状況を改善することです。そのためにも、私たちは、高齢者福祉を基盤としながらも、必ずしも高齢者だけを対象とするのではなく、必然性があるならば、老若男女問わずサービスの対象とすることを志向するものであり、その中で、例え要介護状態になられたとしても、何らかの形で社会的に役割を持っていただけるよう支援することが大切だと思っています。
しかし、これらのことを実現するためには、私たちだけではとうてい不可能で、大学、企業、行政機関など、様々な団体との協同が不可欠です。
多くの方のお力をお借りしながら、少しずつ形にしていきたいと思います。
(副施設長 中島慶行)

介護職を専門職と呼べるのか否かといった議論はさて置き、個人的には、介護という仕事は、高齢者の生活を支えるという点で、非常に専門性の高いものだと思っています。
しかし、その割には、介護職員の待遇が良いという話はあまり聞きません。むしろ、良くないという報道がいろんなところでなされているように思います。
専門性が高いということは、固有の科学を持っているということです。
では、介護という仕事が持つ固有の科学とは、具体的にどのようなものを言うのでしょうか。
ここでは、特養を例にとって考えたいと思います。

例えば、入院先で食事が食べられなくなって胃ろうになられた方が、特養に戻ってこられてから、介護職員の関わりによって再び口から食べられるようになられたり、あるいは、一日中オムツだった方が特養に入所されて、介護職員による支援の結果、日中はトイレで排泄できるようになられたり・・・、このような事例は他にもいくらでもあります。
これらの事例に共通して言えることは、表情やしぐさからその方の思いを読み取る観察力と、観察の結果判明したことを介護ニーズに変換する考察力と、それを実際に行う技術とが合わさることによって、可能になっているということです。
この実践を介護の専門性というなら、特定の優秀な介護職員だけができるのではなく、介護職に就いている全ての人間が、最低限の能力としてこれくらいのことができなければなりません。
そうであるなら、そこにはきちんとした理論が存在します。
その理論の一つひとつを分解していけば、そこには医学や看護学、心理学、生理学など様々な要素が混在するのかも知れませんが、その様々な要素が「生活の支援」という目的によって結びついたとき、それは固有の介護学と呼べるものになっているのではないでしょうか。

生活は、生命活動の略だと聞いたことがあります。生命に限らず、活動するにはエネルギーが必要ですが、生命が活動するためのエネルギーとは、結局、好きな人がいたり、家族がいたり、趣味があったり、仕事があったり、役割があったりすることによって、自分の存在に価値が見出せることなのではないでしょうか。
A.H.マズローによれば、人間の欲求は、@生理的欲求 A安全欲求 B承認・愛情の欲求 C自尊の欲求 D自己実現欲求の5段階があります。
かつて、介護に求められていたものは、@とAのための支援、すなわち生命を維持するために必要な最低限度の支援でしたが,介護保険制度施行以降は、生命を維持するだけではなく、活動させることが求められているので、@〜Dの全てを包含する支援をしなければなりません。
特に、このB〜Dを専門的に支援するのが介護の役割であって、この部分に関する理論や科学が、他の専門職にはない固有の領域なのだと思います。

しかし、残念ながら、専門性を自ら語ることができる介護職員は非常に少ないと感じています。専門性を認識していないのか、感覚としては理解していてもそれを言語化するすべを持たないのか、それはわかりません。
しかし、自らが語ることのできない専門性を、他人が理解することなどあり得ません。
だから、もし介護職員の待遇が良くないのならば、それは専門性を確立していない、あるいは確立していても言語化できない介護職自身に問題があるのではないでしょうか。
このことを踏まえた上で、恒久的な処遇改善の途を模索していきたいと思います。
(副施設長 中島慶行)
施設のいろいろなところに掲示してありますので、目にされる方もあるかと思いますが、当施設の基本理念は「あなたの生活に笑顔と安らぎを」です。そして、運営方針といたしまして、
1.常にご利用者様の自尊心を大切にします
2.常に安心・安全のあるやさしい介護に努めます
3.常にご家族様や地域との関わりを大切にします
の3つを掲げております。
これを実現することが私たちの仕事ということになるわけですが、とりわけ、ご利用者様の生活に笑顔があふれるような支援をしていくためには、やはりその方のことを職員がもっともっと深く知らなければならないと思います。
何故かと言いますと、人には当然個性がありまして、どんなことで喜ばれるか、どんなものがお好きか、どんなことを楽しみに思っておられるか、といったようなことは人それぞれ異なるわけです。ですので、画一的な支援ではなく、そういった個別性を把握した援助、ということが非常に大切になってきます。
また、身体的な面におきましても、日々、施設の中で実際にされている行動と、本来その方がおできになる能力に差があることがあります。例えば、歩行訓練の際には5m歩ける方が、日々の暮らしの中では2mしか歩かれない、とか、本当はトイレに座って排泄できるだけの身体機能が備わっているのに、実際にはオムツをされているとか。
何故このようなことが起こるのかと言いますと、やはりご利用者様の持っておられる能力を職員がきちんと把握できていなかったり、あるいは、把握できていたとしても人員の関係や職員個々の能力の問題で、それを実現できていない、ということが挙げられるかと思います。
本当はできるだけの能力を持っておられるにも関わらず、その活動を阻害している原因は、その方の本当の潜在能力を知らないために、必要以上に手厚いケアをしてしまったり、何でもかんでも職員が手を出してしまっていることです。本当の潜在能力を把握できていれば、その方のできることをやっていただいて、生き生きとした暮らしを送っていただくことが可能であると思われます。この考え方をICF(インターナショナル・クラシキフェイション・オブ・ファンクショニング=国際生活機能分類)と言いまして、WHOが国際的に提唱している概念でもあります。
例えば、100メートルを10秒で走った人と、15秒で走った人がいるとして、その事実だけを見れば、10秒で走った人のほうがすごい、ということになろうかと思いますが、10秒で走ったのが世界記録保持者のウサイン・ボルトだったら、「ちょっと流して走りよったな、手を抜きよったな」というふうになってしまうと思いますし、一方、15秒で走ったのが小錦や、私だったとしたら、それはかなりすごいということになるのではなでしょうか?
このように、結果だけを見るのではなく、その結果を出すに至った背景というものを知ることによって、今の例で申しますと、15秒で走ることがいかに素晴らしいことか、ということが理解できるかと思います。
ですので、当施設に入所されておられる方の中には、一見全介助で、ご自分でなされることはほとんどない、という方もおられますが、実はそうではなくて、そのような状態であるにも関わらず、例えば、オムツを交換させていただくときに、少しご自分からお尻を浮かせてくださったりとか、着替えさせていただくときに、しっかり踏ん張っていただいたりとかいうように、ご自分の力の出せる限り、私たちに協力してくださっている、ということが言えると思います。
この、ご利用者様お一人おひとりの精一杯の力は、持てる能力を最大限に発揮されているという意味で、実はボルトの9秒58(でしたっけ?)に匹敵するものだと思います。もちろん、年をとるに従って、心身の能力が低下していくことは仕方のないことです。昔のようには歩けないかも知れない、物忘れもどんどんひどくなっていく。それでもなおかつここまでのことがおできになる、ということが重要なのであって、私は、このご利用者様のパワー、専門用語ではストレングスというのですが、に感動すら覚えます。そして、このパワーを少しでも引き出すことが私たちの役割であり、そのためには、先ほども言いましたように、ご利用者様のことをもっともっと深く知ることから始めなければなりません。
こういった考えから、4月以降、2階、3階のご利用者様、職員を6つのグループに分けて、小グループ単位のケアを始めました。これは、小グループに分けることによって、職員一人ひとりが把握しなければならないご利用者様の人数が減りますので、その分、ご利用者様お一人おひとりについて、より深く関わることができる、すなわち、より深く知ることができる、というメリットがあります。
ただ、業務の流れがこれまでと全く違うものになってきますので、そのメリットが実際に発揮されるには、やはり半年から1年くらいはかかるのではないか、とも思っています。この小グループケアは、全国の多くの施設で実施されている方法論であり、それなりに結果も実証済みなのですが、それでもやはりメリットが十分に活かされるには、結構な時間がかかった、ということが言われています。
ですので、ご家族様の目には、現在必ずしも小グループケアの良い面が届いていないかも知れませんが、より良いケアにするための過渡期ということで、ご理解いただければ幸いです。
この小グループケアのメリットを活かす取り組みとして、平成21年度下半期は、排泄ケアの充実に力を入れたいと思っています。排泄ケアは、食事、入浴と並んで3大介護のひとつとされており、ご利用者様の生活にとって非常に大切なものです。
平成17年に、全国老人福祉施設協議会が提唱したものに、「オムツアンダーサーティーン運動」というものがあります。これは、特養のような施設で、日中、オムツを着用されている方の割合を30%以下にしましょう、という運動で、これを達成するには、日中、70%以上のご利用者様に、オムツを外していただき、トイレで排泄をしていただく必要があります。
本来、寝たきりの方であっても、短時間でも座っていただくだけの能力が残っているのであれば、トイレで排泄していただくことは可能だと言われています。
しかし、それを実現するためには、ご利用者様お一人おひとりの排泄のタイミング、何時間間隔で出られるのか、食後どれくらいでもよおされるのか、どういった体勢でされるのか、といったことを把握した上で、トイレにお連れする、という援助が必要になってきます。
この、排泄のタイミングの把握、というのが、小グループケアでないとなかなか難しく、実際、従来型のケアをしていた頃の当施設の日中オムツ着用率は実に58%でしたが、これを何とか30%以下で抑えられるよう努力しているところです。
オムツの中で排泄するよりは、トイレで排泄したほうが絶対に気持ちが良いですので、そういったところから、自信を取り戻していただくことが大切なのではないかと考えております。
あと、職員数の充実ということで言いますと、国の基準では、ご利用者様3人に対して1人の職員を配置すること、となっておりますが、当施設の場合は、ご利用者様1.8人に対し1人の配置と、非常に手厚くなっております。ただ、シフト制の勤務の中で、全職員が一堂に会する機会がなかなかありませんことと、なにぶんこの南北に長い作りですので、職員が広く散らばっており、その手厚さが実感できにくい状況であることも事実です。
とは言え、ご利用者様の生活が豊かなものになるよう、例えば、この4月から常勤の作業療法士、これはリハビリを専門的に行う職員ですが、を配置したり、多数のボランティアの方々に来ていただける環境を整えるために、ボランティア担当職員を配置し、窓口を一本化したり、と様々な取り組みを行っているところです。
また、施設の中におられたとしても、地域の一員であることにはお変わりがないという考えから、できる限り地域の行事に参加いただけるよう、ご配慮させていただいています。例えば、夏休みの朝のラジオ体操に、地域の方々と一緒に参加していただいたり、また、みつば幼稚園グラウンドで行われます小川学区区民体育祭に、特養チームとして参加させていただくことが決まっておりますので、玉入れなどで頑張っていただくことになろうかと思います。
そのほかにも、社交ダンスとか、遠足とか、食事会など、できれば、地域とのつながりを大切にしながら、当たり前の暮らしを当たり前に過ごしていただけるよう、これからも取り組んでまいりたいと考えております。
(副施設長 中島慶行)